COLUMN

人権教育は日常の土台──安心・多様性・つながりの学級づくり

発達支援コラム

※ この記事は、YouTubeで公開した動画・ショート動画の内容をもとに編集したものです。

先日、教員研修で「人権教育における集団づくり」をテーマにお話しする機会をいただきました。研修の冒頭、先生方に「夏休みと聞いて、今の気持ちを0から10の数字で表すと何点ですか」と尋ねました。10の方も、5の方も、0に近い方もいて、理由もそれぞれ違います。ここで気づいておきたいのは、私たち教員には「夏休みだ、やった」という人が多い一方で、保護者の中には「学校がない一日をどう過ごしたらいいんだろう」と苦しんでいる方が少なくないこと、子どもたちにもいろんな背景があるかもしれないこと、そして学童や放課後等デイサービスの先生方にとって夏休みはむしろ忙しい時期だということです。「夏休み楽しかった?」という声かけは、楽しかったことが前提の言葉です。聞いてはいけないのではなく、「そうじゃない子もいるかもしれない」と知っておくこと。それが2学期の学級開きで、子どもたちの中に何があったのかをキャッチする土台になります。

人権教育は特別なものではなく、日常の土台です

人権教育というと、平和や差別、偏見といった大きなトピックを思い浮かべるかもしれません。でも私が一番お伝えしたいのは、人権とはもっと身近な、日常にありふれている土台だということです。人権教育は「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」とされていますが、この抽象的な言葉をどう日々の実践につなげるかが大切です。

ポイントは、「知っていること」と「日々の行動に現れること」は違う、ということです。「友達には優しくしましょうね」と伝えたその場から、子どもたちが優しい行動を取り続けられるわけではありませんよね。知る、自分の感覚として「確かにそうだ」と感じる、やってみる、相手に合わせて選べるようになる──この間をどうサポートするかを考えるのが、私たちの役割です。文部科学省の資料では、知識的側面・価値的態度的側面・技能的側面という3つの側面が挙げられていますが、研修ではこれをより分かりやすく「安心・多様性・つながり」というキーワードでお話ししました。

中心に置いたのは、「私もあなたも大切にされる」という経験です。クラスで問題が起きたとき、それを「ひとごと」で終わらせるのか、「自分ごと」として関わるのか、「みんなごと」として一緒に考えられるのか。目指したいのは「みんなごと」ですが、その前に一人ひとりが今どの状態なのかを見つめることが先です。相手に関心が向きにくい子がいたら、「関心を向けなさい」と言うのではなく、「大切にされる経験が少ないのかもしれない」と捉え直す。相手を大切にしようと思えるためには、まず自分自身が大切にされる感覚が必要だからです。これは学級だけでなく、職員室という大人の集団でも同じだと思います。

多様性──「理解しようとすること」から始まる

子どもたちには、身体的な違いも、家庭的な背景の違いも、いろんな状況の違いがあります。それをなんとか直そうとする前に、「なんでその行動を取るのかな」「なんで朝学校に来られないのかな」「なんで勉強に取りかかるのがゆっくりなのかな」と見つめることから始めたい。この子から見ると、世界はどんなふうに感じられているのだろう、という視点です。

私は8年間、小学校の教員をしていました。専門は特別支援教育で、実は私自身、ASDの診断を受けています。カラーレンズの眼鏡をかけているのは、眩しさがとても苦手だからです。運動場の照り返しとプールの反射は、私にとってはもう地獄です。程度の差はあれ、感じ方はみんな違います。「仲良くしましょう」という言葉ひとつでも、受け取り方は一人ひとり違うのです。結局は他人ですから、その子のすべてを理解することはできません。せめてできるのは、理解しようとすること。支援の第一歩は、その子が何を感じているのかを理解しようとすることだと、私はいつもお伝えしています。

「安心」の正体と、教室でできる小さな工夫

安心とは、ただ緩い、楽しい、自由ということではありません。「ここにいてもいいと思える」「否定されない」「分かってもらえる」──そういう状態のときに、人は安心できます。大事なのは、行動ではなく状態を見ることです。たとえば物を投げる子がいたとき、その行動だけを何とかしようとすると、奥にあるものが見えにくくなります。「なんで物を投げるのかな」「この子にとっての安心って何だろう」「不安やストレスは何だろう」と、行動の奥にあるものにアプローチする視点が支援につながります。そのために大きく何かを変える必要はなく、少しできそうな工夫を見つけることが大切です。

①見通しを示す
授業の初めに流れを黒板に書いておく。「今から3つします」と口で言うだけでなく書いておく。それだけで安心につながる子はたくさんいます。話を聞いても忘れやすい子が、前を向けば自分で次に進める。隣の子が困っていたら「次これだよ」と教え合える。見通しは、お互いを知り合えるつながりのツールにもなります。
②頼り方を一緒に見つける
「分からない時は隣の人に聞くんだよ」と言われても、どんな言葉で、どんなタイミングで言えばいいか分からない子がいます。分かっていてもできない子には、カードや印をつける方法など、その子にどんな方法ならできるのかを一緒に探していく。どうしてもしんどい時のタイムアウトやクールダウンの方法を決めておくのも、一つの方法です。
③失敗して戻れる言葉と、振り返りの問い
失敗しても「もう一回やってみようかな」と思える言葉を、押し付けではなく、学級活動などでみんなで一緒に考えて決めていく。そして活動の後には「今の場面でみんなはどう思った?」「何が嬉しかった?」「次はどうしたらいいだろうね」と、もう一歩踏み込んで振り返る。これが学びを日常に落とし込むために必要です。

安心が土台として整ってくると、「できないことをちょっとやってみようかな」という挑戦が自然に生まれてきます。緊張にも意味があります。できないことをできるようにするには不安がつきまとうものですし、緊張によって発揮される力もある。大事なのはバランスです。安心という土台があってこそ、緊張感もいいものとして、みんなで扱っていけるのだと思います。

2学期は「変える」より「続ける」から

研修の後半では、1学期の取り組みを振り返り、2学期に向けて「続けたいこと」と「やってみたいこと」を書き出していただきました。私が一番大事にしてほしいのは、続けたいことです。せっかくその子にとってうまくいっていたことが、2学期にガラッと変わってしまうと、1学期に積み重ねた安心がドキドキに変わってしまいます。私たちの1日の多くは、意識しないまま繰り返している行動でできています。だからこそ、何か特別な1時間の実践をするよりも、朝の会のやり方を一つ、もう少し丁寧に見て続けていくほうが効果は高いのです。

新しく試すことを選ぶときのポイントは二つあります。一つは、相談できる相手がいるものを選ぶこと。私も本やセミナーで学んだことを一人で試して、「これでいいのかな」と分からなくなった経験があります。同僚の先生の話から生まれたアイデアなら、困った時に「そういえばあの先生もやっていたな」と聞きに行けますよね。もう一つは、子どもの今の状態からスタートすることです。「今この子はこれで困っているんだろうな。だから、こういう活動を取り入れてみようかな」という順番で考えると、その子に、その集団に合ったものができあがります。正解でなくていいのです。やってみて、うまくいかなければ調整していく。その連続です。

人権教育で一番大切にしたいのは、特別なことをすることではなく、日々の関わりを丁寧に見ていくことです。先生方はすでに十分、いろんなことをされています。今やっていることに立ち止まって、ゆっくり見つめ直すことで、「これでよかったんだ」「これが大切だったんだ」と気づくことがあるはずです。安心・多様性・つながりという視点で日常を見つめること。それが「私もあなたも大切にされる」集団づくりへの一番の近道だと、私は思っています。

村井泰志(ハリー先生)

この記事を書いた人

村井 泰志(ハリー先生)

株式会社ひといろは代表・発達支援アドバイザー。元小学校教員(8年)。特別支援学級・通級指導教室などで2,000人以上の相談・支援に携わる。プロフィールを見る →

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